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村上明さん、壽美子さんの銘板の前に立つ孫の健太さん。幼いころの写真を掲げ成長を報告した=17日午前7時8分、神戸市中央区加納町6、東遊園地(撮影・吉田敦史)
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村上明さん、壽美子さんの銘板の前に立つ孫の健太さん。幼いころの写真を掲げ成長を報告した=17日午前7時8分、神戸市中央区加納町6、東遊園地(撮影・吉田敦史)

村上明さん、壽美子さんの銘板の前に立つ孫の健太さん。幼いころの写真を掲げ成長を報告した=17日午前7時8分、神戸市中央区加納町6、東遊園地(撮影・吉田敦史)

村上明さん、壽美子さんの銘板の前に立つ孫の健太さん。幼いころの写真を掲げ成長を報告した=17日午前7時8分、神戸市中央区加納町6、東遊園地(撮影・吉田敦史)

 6434人が亡くなり、3人が行方不明になった阪神・淡路大震災は17日、発生から丸18年を迎えた。約1万本の竹灯籠が「1・17」を浮かび上がらせた神戸市中央区の東遊園地には、ろうそくに火をともす人波が絶えなかった。亡き人の面影を追い「忘れないよ」と涙する人がいた。東日本大震災の被災地からも多くの人が訪れ、ともに手を合わせ、誓う姿があった。鎮魂の日を迎えた被災地は、静かで深い祈りに包まれた。

     ◇

 「こんなに大きくなったよ」

 底冷えした神戸・三宮の東遊園地。神戸市西区の会社員村上健太さん(32)は、祖父母の名が刻まれた銘板をカイロで温めた。

 震災で神戸市東灘区の祖父明さん=当時(69)=と、祖母壽美子(すみこ)さん=同(68)=を亡くした。一報を聞いても、当時中学2年の健太さんには、信じることができなかった。

 2日後。自宅に遺体が運び込まれた。触れると、はっとするほど冷たい。その時の感覚をずっと忘れることができない。

 壽美子さんは美容師だった。家に行くと、庭にビニールを敷いて髪を切ってくれた。シャンソン歌手だった明さんは、よくカブトムシを取りに連れて行ってくれた。温かく優しい祖父母だった。

 震災から10年の節目に、初めて東遊園地の「慰霊と復興のモニュメント」を訪れた。2人の銘板は、あの日の遺体と同じ冷たさだった。「温めてやらなきゃ」。以来、毎年ここを訪れるときは、カイロを欠かさない。

 2011年、東日本大震災が発生。「何かできるやろ」と、2人から背中を押された気がした。健太さんは有給休暇を取り、10日後、福島県いわき市に入った。

 支援団体の一員として、物資の運搬や原発避難者の受け入れを手伝った。「まだできることがある」と退社した。再び会社勤めをするようになった今も東北に通う。

 今朝、健太さんは1枚の写真を持ってきた。まだ幼い自分を、着物姿の壽美子さんが抱いている。銘板の前で写真を掲げた。「充実した人生にするから。来年もまた、成長した姿を見せに来るね」。涙をぬぐい、そう誓った。

(上田勇紀)

2013/1/17

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