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【特集】神戸・東須磨小 教員間暴行

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「ひょうご安全の日のつどい」で、「しあわせ運べるように」を歌うなぎさ小学校の児童たち=1月17日、神戸市中央区
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「ひょうご安全の日のつどい」で、「しあわせ運べるように」を歌うなぎさ小学校の児童たち=1月17日、神戸市中央区

【独自性生んだ「強い現場」功罪】

 「人は人によって人になる」。神戸の教育現場が長く大切にしてきた言葉だ。299学校園、3~18歳の子どもたち約12万人を抱える神戸市教育委員会。兵庫県内の市町と連携して教育行政を行う県教委からは独立し、独自で人事異動や教員研修、学力向上を担ってきた。「現場の強さ」が持ち味の神戸の教育で、東須磨小学校の教員間暴力など、体質が問われる問題が続いているのはなぜか。半世紀の神戸の教育史を振り返り、組織風土について考える。(井上 駿)

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■貧困家庭へのケア 戦後復興期

 戦後復興期に神戸が向き合った教育課題は、貧困から学校に行けない子どもたちへの対応だった。

 1949年に市内で公立夜間中学校が誕生。全国初だった。50年代、貧困層の集住地域では長期欠席率が1割になる学校もあり、非行も深刻化していった。

 そこから生み出されたのが、教員が家庭を訪れて勉強を教える「訪問教師」。教員は体当たりで保護者とも向き合い、校長会が中心となって教科ごとの研修組織「教育研究会」を運営。授業についていけない子どもたちにも分かりやすいように副教材を開発した。

 背景には差別問題があり、「『人は人によって人になる』という言葉は、こうした実践の中で生まれた」と元小学校長は強調する。神戸の訪問教師についての論文がある金沢大の鳥居和代准教授(教育史)は「教育と福祉の谷間にある子どもの貧困に、教師が取り組んだ。児童の尊厳を回復する転換点になった」と評価する。

 市教委は、非行や低学力などの課題を抱える児童生徒が多く所属する小中学校を「困難校」とし、指導力のある教員を集めた。校長同士で人事異動の素案をつくる「神戸方式」は、60年代後半に定着した。

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■校内暴力管理で対抗 80~90年代

 「山、海へ行く」。日本の高度成長とともに、神戸市は“株式会社”と称される手法で都市開発を進めていく。須磨、西神などにニュータウンが登場。郊外の人口が激増し、マンモス校も増えていった。

 「困難校に集中していた子どもの問題行動が周辺校に広がっていった」と市教委の幹部が回想する。1980年代は校内暴力が社会問題化。シンナーなどの薬物乱用もまん延した。

 荒れる学校を沈静化させるために持ち出したのが、厳しい校則で子どもを律する管理教育。「力で抑え込むので精いっぱいだった」と同幹部は認める。

 市立小学校の児童数は81年にピークの13万人。89年、国の適正規模(1校24学級以内)を超える小学校は27校に上った。

 学校数も子どもの数も全国トップクラス。そのボリューム感は、ことさら現場の指導力を必要とした。

 困難校で「荒れ」を経験した先生が、別の学校に異動して、生徒指導の中心として力を発揮する流れが定着。「教科指導より生徒指導を経験した先生を重宝する風土ができた」(市教委)

 管理教育は徐々に陰りを見せ、90年に兵庫県立神戸高塚高校で起きた校門圧死事件で、見直しの声が一気に高まる。

 ただ、男子中学生の「丸刈り校則」が神戸で全廃されたのは、阪神・淡路大震災が起きた95年。全国的にみても後発組だった。

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■命と心見つめる 阪神・淡路大震災後

 1995年、阪神・淡路大震災。神戸市立学校園345のうち295校園が被災し、半数以上の188校園が避難所となった。教員は交代で泊まり込んで避難所を運営しつつ、学校再開に奔走した。

 担任を持たない「教育復興担当教員」が、心のケアと防災教育に専従。教員が中心となって副教材を作り、防災教育を確立した。

 こうした教員の頑張りや校長のリーダーシップは内外で高く評価された。同時に、「現場で解決する」風土を醸成することになる。

 当時は全国的に、少子化を見据えて教員採用が抑制された「冬の時代」。復旧復興が財政を圧迫した神戸市は、さらに採用を絞り込む。95年度は前年度の4分の1。低水準は続き、中堅が少ない現在のいびつな年代構成につながっている。

 震災の2年後、神戸連続児童殺傷事件が発生。市立中学の生徒が逮捕され、校長がメディアに登場する機会が増えた。

 2002年、学校5日制に移ったものの、学力低下への懸念から「脱ゆとり」の声が高まる。03年、市は国に先駆け、小5と中2の学力テストを始めた。

 子どもの「心の闇」、いじめ、家庭のケア。学校が抱える問題はますます複雑化していった。

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■コロナ禍の改革元年 2020年

 2010年代、いじめや体罰を巡り、全国的に学校や教育委員会の不適切な対応が起こった。事なかれ主義、隠蔽(いんぺい)体質…。国は法改正し15年度、新しい教育委員会制度が始まった。

 16年、神戸市垂水区で女子中学生が自殺した問題では、市教委の担当者が調査メモを隠蔽。元幹部は「学校を沈静化しようという配慮を優先し、遺族対応がおろそかになった」と猛省する。

 組織改革を議論した有識者会議は「学校現場に丸投げし、市教委が適切な支援を行っていない」と批判。「一学校では手に負えない事案でも、校長が市教委に頼らない風土」を「リスク」と位置づけた。

 しかし、改革に乗り出した直後の19年秋、だめ押しのように教員間暴行が発覚する。

 絶えない不祥事に、教員OBは「歴史も実績もある老舗企業が、時代に乗り切れずにあえいでいる」と例えた。成功体験に頼り、仕組みや意識は更新されないまま。消耗する学校現場への対応は、後手に回った。

 今度こそ「改革元年」とした20年春。新型コロナウイルスが待ったなしの課題を突き付け、底力が問われている。

2020/5/29

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