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阪神・淡路大震災の「追悼の集い」で遺族代表としてあいさつする柴田大輔さん=神戸市役所(撮影・辰巳直之)
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阪神・淡路大震災の「追悼の集い」で遺族代表としてあいさつする柴田大輔さん=神戸市役所(撮影・辰巳直之)

 阪神・淡路大震災から24年となる17日、神戸・三宮の東遊園地である「追悼の集い」で、震災で2人の弟を亡くした神戸市長田区の飲食店経営柴田大輔さん(31)が遺族を代表してあいさつする。8日に神戸市役所で会見し、「忘れることができない震災の記憶を伝えていきたい」と思いを述べた。(若林幹夫)

 柴田さんは7歳のとき、同区海運町の木造2階建て自宅が倒壊。1階で一緒に寝ていた弟の宏亮ちゃん=当時(3)、知幸ちゃん=同(1)=と両親の5人全員が下敷きになった。柴田さんと両親は助け出されたが、知幸ちゃんの声は直後から聞こえず、宏亮ちゃんの泣き声は1時間ほどで消えた。自宅は炎に包まれ、焼け跡から弟2人の亡きがらが見つかった。

 親類宅や仮設住宅を転々とするうち、学校に通えなくなった。立ち直ることができたのは周囲の人たちの助けだった。学生ボランティアが遊び相手になり、担任教諭は自宅まで勉強を教えにきてくれた。

 「恩返しとして何かの役に立ちたい」。18歳で消防団に入り、2016年からは震災の経験を語り継ぐグループ「語り部KOBE1995」の一員に。母校の太田中学校(同市須磨区)をはじめ、小学生や高校生らに助け合いの大切さを訴える。「ゴー」という地鳴りのような音、下から突き上げられる揺れ。あの日の恐怖を忘れることはない。

 会見では「記憶を大事にしたい」と繰り返した。弟2人を助けられなかったとの無念が原点にある。「皆さんに記憶を伝えることで、防災について考えてほしい。もう弟以外に犠牲者を出したくない」

 自らを「お兄ちゃん」ではなく、母親をまねて「だい」と呼んだ口達者な宏亮ちゃん。おやつの取り合いでいつもけんかになった負けず嫌いの知幸ちゃん。今も「あの日」が近づくと夢に現れる。

 「2人とも天国で元気にしてるんかな。弟たちの分も家族で一緒に頑張って生きていると伝えたい」

2019/1/8

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