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亡くなった(右から)斉藤実さんと洋子さん、弓子さん(合成写真。木島悦子さん提供)
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亡くなった(右から)斉藤実さんと洋子さん、弓子さん(合成写真。木島悦子さん提供)
妹の斉藤洋子さん夫婦との思い出を話す木島悦子さん=篠山市今田町今田新田(撮影・中西幸大)
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妹の斉藤洋子さん夫婦との思い出を話す木島悦子さん=篠山市今田町今田新田(撮影・中西幸大)

 自然豊かな篠山で第二の人生を楽しむはずだった。阪神・淡路大震災で犠牲になった妹夫婦とめいを思い、80歳になった姉は今年も3人が命を落とした現場へ向かう。「花を植えたり野菜を育てたり。コーラスサークルもつくろうと約束してたのに…」。震災から間もなく24年。悲しみは今も波のように引いては満ちる。(尾藤央一)

 兵庫県篠山市の木島悦子さん(80)は、西宮市仁川百合野町で発生した地滑りで、妹の斉藤洋子さん=当時(53)=と実さん=当時(56)=夫婦、めいの弓子さん=当時(24)=を亡くした。

 頼もしい妹だった。1994年に夫を亡くした悦子さんを心配して毎週、仕事帰りに篠山を訪れ、食卓を囲んだ。「とにかく賢い子。仕事もてきぱきこなし、趣味の写生も、歌も上手だった」。将来は夫婦で篠山に住み、悦子さんと老後を楽しむ予定だった。

 「家がないんよ」。95年1月17日夕、弟からの電話に悦子さんは衝撃を受けた。仁川に到着したのは18日朝。妹との思い出の場所は変わり果てていた。3人との対面は数日後。「この3体は一緒にありました」と添え書きがあった。「ゆみちゃん」と呼んでかわいがった弓子さんのそばに、婚約者が立ちすくんでいた。

 以来、1月17日には足を運ぶ。「最初は行きたくない場所だった」というが、地元の二つの自治会と、ボランティアグループ「ゆりの会」が催してくれた追悼行事が心のつかえを取ってくれた。「周りの支えで(つらい記憶と)向き合うことができた」と感謝する。

 うれしい出来事もあった。一昨年、洋子さんの次女で、震災当日は山形県にいた紀子さんから暑中見舞いが届き、現場を訪れたことが記されていた。悲しみを一歩ずつ乗り越えている気がしたという。

 今月14日、紀子さんの長女が成人式を迎えた。弓子さんの形見の振り袖に身を包んだと聞き、悦子さんは電報を打った。「晴れやかな着物姿が目に浮かびます」-。17日には現場で3人に報告するつもりだ。

2019/1/16

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