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加藤はるかさん=(手前右の車いすの少女、菊地いつかさん提供)
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加藤はるかさん=(手前右の車いすの少女、菊地いつかさん提供)
震災で亡くなった加藤はるかさんの銘板前で思いを語る姉の菊地いつかさん=16日午後、神戸市中央区の東遊園地(撮影・斎藤雅志)
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震災で亡くなった加藤はるかさんの銘板前で思いを語る姉の菊地いつかさん=16日午後、神戸市中央区の東遊園地(撮影・斎藤雅志)
加藤はるかさん(菊地いつかさん提供)
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加藤はるかさん(菊地いつかさん提供)

 天皇陛下が平成最後の「歌会始の儀」で阪神・淡路大震災復興の象徴「はるかのひまわり」への思いを詠まれたのを受け、花の名の由縁となった加藤はるかさん=当時(11)=の姉、菊地いつかさん(39)=神戸市西区=は16日、神戸新聞社などの取材に応じ「ひまわりに込めた気持ちが届いていることが分かってうれしい」と喜びを語った。

 歌会始のテレビ中継を自宅で見たいつかさんは「まさかこんなに直接的な内容だとは思わなかった。はるかも『お姉ちゃんすごいね』と笑ってくれているのでは」とほほ笑んだ。

 はるかのひまわりを広める活動に取り組み、8年前に亡くなった母、満子さん=当時(61)=とは不仲が続いた時期があった。だが、満子さんが友人らに種を配る姿を見て「関わらなきゃ」との思いが次第にこみ上げ、活動を手助けするようになった。いつかさんは「陛下に歌を詠んでいただき母も喜んでいるはず」と声を詰まらせた。

 昨年9月、生後4カ月の長女良ちゃんを出産した。新たな命の誕生に慈しみを覚える一方、家族を守ることの責任も実感する。「娘が成長した時、震災のことやはるかのことを伝えたい。はるかのひまわりには悲しみだけではなく、震災から得たものをつないでいく思いも込もっているから」

 ヒマワリの種は14年前、陛下が出席した震災10年の追悼式典で遺族代表の少女が皇后さまに贈った。

 「1人の小さな子どもが手渡した種を毎年育ててくれた。感謝の思いしかない」。母親の小西眞希子さん(59)=神戸市灘区=は感慨深げだ。震災で長女希ちゃん=当時(5)=を失った。「陛下が被災者に心から寄り添ってくれていたことが伝わった」と顔をほころばせた。(篠原拓真、金 旻革)

2019/1/16

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