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亡き母が好きだったというアネモネを手に思い出を振り返る西川昭彦さん(右)と恵子さん=神戸市兵庫区神田町
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亡き母が好きだったというアネモネを手に思い出を振り返る西川昭彦さん(右)と恵子さん=神戸市兵庫区神田町
西川昭子さん
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西川昭子さん

 1995年の阪神・淡路大震災で母を亡くしたきょうだいが遺志を継ぎ、老舗の花店を守り続けている。神戸市兵庫区にある創業約100年の「花保(はなやす)」。今も常連客が訪れるたび、「コーヒーを出してくれて、よう話を聞いてもらってね」などと、店を切り盛りしていた母の思い出話に花が咲く。間もなく震災から24年。「時間がたてばたつほど、お母さんの大きさが身に染みてくる」。哀悼と感謝の思いを胸に、節目の日も店頭に立つ。

 「花保」を営んでいた西川昭子さん=当時(66)=は、ベッドに横たわっていたところ、自宅兼店舗の建物の2階が一部崩れ、はりが胸に落ちた。直後は「助けて」「苦しい」とか細い声で訴えていたが、2時間ほどして助け出された時には反応がなかったという。

 同居していた長女恵子さん(60)は自力で逃げ出し、近所に住んでいた次男昭彦さん(62)も無事だった。

 店先で客と談笑しているか、机に向かって書類とにらめっこしているか-。恵子さんと昭彦さんの記憶に残る母の姿は、ほぼ一致する。

 夫に先立たれた昭子さんは、リウマチで自由の利かない体を押して店頭に立ち、朗らかに接客。閉店後は、一人机に向かって帳簿を付けていた。地震の前夜も、遅くまで売り上げを確認してから就寝したという。

 昭彦さんは母と花店を営みながら葬儀店も経営し、人の死に接することは多かった。だが「母の死は、仕事で向き合う死と全然違ってね。慰めてもらえばもらうほど、悲しみと不安がこみ上げてきた」と振り返る。

 大黒柱を失った店の再建に当たり、恵子さんも勤務先を辞めて手伝い始めた。「お母さん、アネモネが好きだったのよ」。知らなかった母の姿に、客の思い出話を通じて触れた。

 昭彦さんは今も月命日の法要を続け、1月17日は仏壇の前で午前5時46分を待つ。恵子さんは、店を閉めた後、東遊園地(神戸市中央区)の「慰霊と復興のモニュメント」に立ち寄り、銘板の前で手を合わせるという。(小川 晶)

2019/1/11

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