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神戸市看護大の学長に就任し、抱負を語る南裕子さん=神戸市西区学園西町3(撮影・秋山亮太)
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神戸市看護大の学長に就任し、抱負を語る南裕子さん=神戸市西区学園西町3(撮影・秋山亮太)
阪神・淡路大震災直後、日本看護協会の現地対策本部が置かれた県立看護大の学長室。左が南裕子さん(兵庫県立大提供)
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阪神・淡路大震災直後、日本看護協会の現地対策本部が置かれた県立看護大の学長室。左が南裕子さん(兵庫県立大提供)

 阪神・淡路大震災の経験を踏まえた災害看護の第一人者で元兵庫県立大学副学長の南裕子(ひろこ)さん(77)が今月、神戸市看護大学(神戸市西区)の学長に就任した。高知県立大での8年間を経て、震災から25年を目前に再び神戸に。「運命を感じている」と話す南さん。災害が相次ぐ中、地域に根付いた看護師育成への思いを新たにしている。(石沢菜々子)

 阪神・淡路当時、兵庫県立看護大(現県立大看護学部)の学長だった。大学内に日本看護協会の現地対策本部を置き、応援が必要な避難所や病院を調べた。看護師が足りず、ファクスで全国の看護協会に依頼。続々と被災地入りする看護師を受け入れ、調整するなどの陣頭指揮にあたった。

 震災から3年後、日本災害看護学会を設立。災害看護を基礎教育として学ぶようになり、被災地に駆けつける「災害支援ナース」など人材育成も進んだ。「避難所や仮設住宅での被災者のケアなど、災害看護の基盤は阪神・淡路から始まった」と振り返る。

 2011年、高知県立大の学長に就任。その折、東日本大震災が発生した。とてつもない被害に無力感を覚えたが、足元を見つめ直した。「南海トラフ巨大地震に備えなければ」。世界の災害看護のネットワークを広め、国内外の災害現場でリーダーになれるような看護職の養成を始めた。

 一方で、各地で起こる災害現場を見聞きするたび、25年前から積み残された課題を感じる。

 看護師が被災者のケアのため、寝泊まりする避難所。その環境は改善されつつあるとはいえ、多くは体育館で雑魚寝。あの時と大きく変わっていない。

 「被災者だけでなくケアする側にも不十分。中長期的なケアの研究や支援のあり方も体系化していく必要がある」

 学長に就任した神戸市看護大は、阪神・淡路の翌年に前身の短大から生まれた。今年4月に法人化され、新たなスタートを切った。

 日本看護協会会長や日本災害看護学会理事長などを務め、日本の災害看護を引っ張ってきた。今、原点の神戸に戻って思うことがある。

 看護師のほとんどが病院で働いている。日ごろからもっと地元の防災組織に入るべきではないか。

 「顔の見える関係ができていれば、災害が起きた時に県や市の要請を待つことなく、どこへ行けば役に立てるかが分かる。多くの看護師が地域とつながることで、地域は強くなる」。新たな取り組みを再び神戸で始めたいと考えている。

2019/12/20

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