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妻と長女の冥福を祈り、長男の龍輝君(左)と手を合わせる百々孝治さん=17日午前6時51分、神戸市中央区、東遊園地(撮影・秋山亮太)
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妻と長女の冥福を祈り、長男の龍輝君(左)と手を合わせる百々孝治さん=17日午前6時51分、神戸市中央区、東遊園地(撮影・秋山亮太)
兄純一さんを思い、目を閉じる綱島浩之さん=17日午前、神戸市中央区、東遊園地(撮影・鈴木雅之)
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兄純一さんを思い、目を閉じる綱島浩之さん=17日午前、神戸市中央区、東遊園地(撮影・鈴木雅之)
妹の村崎美恵子さんの銘板を見つめる作岡正治さん(左)と妻英子さん=17日午前、神戸市中央区、東遊園地
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妹の村崎美恵子さんの銘板を見つめる作岡正治さん(左)と妻英子さん=17日午前、神戸市中央区、東遊園地
献花台で母に祈りをささげる香村雅子さん=17日午前、芦屋市浜芦屋町(撮影・風斗雅博)
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献花台で母に祈りをささげる香村雅子さん=17日午前、芦屋市浜芦屋町(撮影・風斗雅博)

 そっと手を合わせると、大切なあの人の表情がまぶたに浮かぶ。感謝、悔しさ、申し訳なさ。伝えたい思いは次から次へとあふれてくる。もう会えないと分かっていても、この日、この街に来ると気持ちが届けられる気がする。阪神・淡路大震災から四半世紀が過ぎた被災地で、それぞれが亡き人の姿を思い返し、心に誓う。これからもあなたのことを語り継いでいくね。

■生まれてきてくれて幸せ

百々孝治さん(64)=芦屋市

 妻君子さん=当時(34)=と長女麻衣子ちゃん=同(2)=を神戸市東灘区で亡くした あの時は2階のベッドで川の字になって寝ていた。揺れで枕元のラジカセが落ちると思って、とっさに覆いかぶさったよね。そこで屋根がベシャン。胸を圧迫されたけど何とか呼吸できたので、自分だけ数時間後に救出された。君子とは結婚12年目だった。麻衣子は、子どもを諦めかけていた頃に生まれてきてくれたね。

 家族はもう持たないと思っていたけど、一人でいるのが不安な時があって。悲しみは我慢できても、うれしさを一緒に喜べる人がいないのがつらかった。仕事で知り合った今の妻には最初から事情を打ち明け、受け止めてもらった。

 2007年に再婚し、龍輝(りゅうき)を授かった。今は小学5年生。1歳の頃から東遊園地へ連れて行っているので、お姉ちゃんのことを知りたがる。5年ほど前には「地震があったから僕が生まれた。でも、地震がなかった方がお父さん、幸せやったんかな」って言い出した。そんなことを言わせて、切ないですね。麻衣子も龍輝も、生まれてきてくれて幸せだと伝えたい。=神戸市中央区の東遊園地で=(有島弘記)

■何年たっても兄貴に会いたい

綱島浩之さん(53)=姫路市

 兄純一さん=当時(32)=が神戸市東灘区で亡くなった 兄貴は根っからの子ども好き。神戸市の学校で技術職員として働いていた。うそのつけないまっすぐな性格。「子どもは宝石。どんな子も磨けば光る。大人が磨き方を間違えん限り」。そんなことを口癖のように言うてたなあ。

 当時はきれい事だと思ってたけど、震災後に同じ仕事を目指したくなった。必死で勉強して、兄貴の享年と同じ32歳で採用された。不思議な縁を感じる。それまでは地方議員の私設秘書とか色んな職を転々としたけど、今はこの仕事にやりがいを感じている。おかげで天職に巡り会えた。ありがとう。

 震災の年に生まれた長女も今年で25歳。ふとした表情や性格がどこか兄貴に似ている。俺だけ年取ってしまったなあ。何年たっても、やっぱり会いたい。=神戸市中央区の東遊園地で=(末永陽子)

■3人の子、立派に育ったよ

作岡正治さん(84)=神戸市長田区

 妹の村崎美恵子さん=当時(54)=を神戸市須磨区で亡くした 地震翌日の18日朝、ニュースで「犠牲者一覧」の中に名前を見つけた瞬間、「え、美恵子?」と叫んでいた。

 私ら夫婦も長田区で被災。「きっと美恵子も無事に避難している」と信じていたのに、望みはかなわんかった。「うそであってくれ」と願いながら須磨区の公民館へ急いだけど、やっぱりそこに遺体があった。

 自宅のはりがおなかに落ちてきて圧迫死。きれいな死に顔やった。ただ、検視後に服を着ていなかった。だから、妻の英子が慌てて自分の服を取りに戻って着せたんや。寒い思いをさせてごめんな。

 料理が得意で、おいしくできるとよくうちに持ってきてくれたな。煮物は絶品やった。美恵子、君の3人の子どもは立派に育ったよ。=神戸市中央区の東遊園地で=(伊田雄馬)

■にぎやかさ、戻っているよ

香村雅子さん(73)=芦屋市

 母親の武岡木美子(きみこ)さん=当時(76)=が芦屋市翠ケ丘町の自宅で亡くなった 最後に会ったのは、壊れたビデオデッキを修理しに行った震災4日前。私の夫が直すとすごく喜び、孫の結婚式の映像を見ていたね。

 あの日は住んでいた大阪から駆け付ける途中で車がパンク。ずっと無事を願いながら歩いたけど、消防隊員に「生きている人が優先。自分たちで掘り起こして」とも言われて。今考えると仕方のない言葉だけど、当時はつらかった。

 震災6年後、自宅の跡地に家を再建し大阪から引っ越した。お母さんから受け継いだ土地を更地にしておくのは悔しかったから。

 私ももうすぐお母さんと同じ年齢。娘や孫もお母さんに似たのか、みんな料理上手です。この正月は一緒におせちも作ったの。震災で家がつぶれたあの場所は、昔のようなにぎやかさが戻っているよ。=芦屋市の芦屋公園で=(西竹唯太朗)

2020/1/17

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