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ウエディングプランナーを務めながら震災の語り部などを続ける小島汀さん=大阪市北区大深町
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ウエディングプランナーを務めながら震災の語り部などを続ける小島汀さん=大阪市北区大深町
東日本大震災の被災地でボランティア活動をするバリューマネジメントの社員ら=2011年、宮城県南三陸町(同社フェイスブックより)
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東日本大震災の被災地でボランティア活動をするバリューマネジメントの社員ら=2011年、宮城県南三陸町(同社フェイスブックより)

 2011年3月11日の午後。バリューマネジメント(大阪市)社長の他力野淳(たりきのじゅん)(46)=兵庫県芦屋市=は大阪のホテルにいた。来賓として臨席した専門学校の卒業式で、厳かな雰囲気を一掃させるほどの揺れを感じた。「これは、ただごとではない」。東日本大震災である。

 自社従業員らの安否確認などを終え、翌日までにどんな支援ができるかを関西の起業家仲間約20人と話し合った。手分けして必要な救援物資を集め、搬送ルートを開拓し、被災地に届けた。

 その原動力は、学生時代に経験した阪神・淡路大震災だ。国内外からの手厚い支援に浴しながら、自分の無力さも味わった。「どのタイミングでどんな物が必要かは体感で分かる。何か役に立てることがあるのでは」と信じて行動した。

 3月中に宮城県南三陸町に入り、自社で取り組める支援策を探った。飲食部門の月商の半分を義援金として寄付。要介護者を移送する車を贈った。社員約40人が同町に向かい、泥に埋まった思い出の写真などを洗浄するボランティアにも汗を流した。

 10月には、東日本大震災で挙式を断念した3組を大阪に招いて、結婚式をプレゼントするプロジェクトに参画。被災地に自粛ムードが広がる中、婚礼の価値を伝えるセミナーを同業者と福島県内で開いた。阪神・淡路の被災地でも「式を挙げてよかった」との声が多く、「こんな時こそ、未来につながる結婚式をやりましょう」と訴え、被災者に家族や友人との絆を深めてもらおうとした。

 翌12年からは東北の経営者の支援にも取り組んだ。関西の起業家仲間と毎月仙台に入り、勉強会を重ねた。阪神・淡路後に疲弊した地域経済を踏まえ、「震災が起こると企業は被災地から逃げて雇用が減り、人口減に向かう。地元企業がなりわいを拡大することが地域発展に欠かせない」と考えた。経営者のネットワークづくりを手助けし、各社の成長を側面から支えたのである。

     ◇

 バリューマネジメントには、震災の語り部を続ける一人の社員がいる。芦屋市で被災して父を亡くしたウエディングプランナーの小島汀(おじまみぎわ)(28)=尼崎市=だ。

 小島は関西大在学中に、宮城県石巻市で半年間暮らし、廃校を商業施設に再生するプロジェクトに個人参加。「古い建物が残り続けることは被災者の元気になる。日本の価値ある文化や歴史的建造物を扱い、人生に関わる仕事をしたい」と、15年に入社した。

 ところが、土・日曜に休みづらい仕事で、語り部や東北での交流活動に影響したことから、「仕事をしながら活動を続けたい」と他力野に直訴。すると「会社の業務の一環としてやったらいい」と背中を押してくれた。

 昨年は、ラグビー・ワールドカップ日本大会で会場の一つになった岩手県釜石市を訪問。東日本大震災の津波で流されたパン店が、会場に店を出す手伝いをした。取材対応やテレビ出演も認められ、同僚に震災の経験を語る機会も与えられた。「会社が私の活動を応援してくれるのはありがたい」と小島。他力野は「それ自体が社会貢献で価値ある活動だ」と強調する。

     ◇

 間もなくあの日から25年。他力野の目には自分の育った神戸が経済的に衰退しているように映るという。

 「次の5年で震災から30年となる。大阪・関西万博などを控え、神戸はまだまだ発展できる。観光を一つの軸にして、僕らがどこまで神戸エリアに貢献できるか考えないといけない」

 その言葉は、愛着のあるまちへの「約束」でもある。=敬称略=(大島光貴)

2020/1/11

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