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語り部KOBE1995の例会で先輩語り部の話に聞き入る中村翼さん=昨年12月9日、神戸市中央区東川崎町1、ひょうごボランタリープラザ
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語り部KOBE1995の例会で先輩語り部の話に聞き入る中村翼さん=昨年12月9日、神戸市中央区東川崎町1、ひょうごボランタリープラザ
生後まもない中村翼さん(中央)を抱く父威志さん(左)と母ひづるさん(右)=1995年1月(中村さん提供)
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生後まもない中村翼さん(中央)を抱く父威志さん(左)と母ひづるさん(右)=1995年1月(中村さん提供)

 阪神・淡路大震災のあった1995年1月17日に生まれた会社員中村翼さん(22)=神戸市兵庫区入江通=が、震災から23年となるのを前に、遺族らの団体「語り部KOBE1995」に加わった。「遺族ではない自分が入っていいのか」と葛藤したが、「両親や周囲に守られ生を受けた。助け合う大切さを伝え続けたい」と踏み出した。(小林伸哉)

 母ひづるさん(48)は1週間後が出産予定日だった。当時住んでいた同区の集合住宅で激震に襲われ、父威志(たけし)さん(49)がひづるさんのおなかをかばうようにおいかぶさり、守った。

 2人は近くの明親小学校へ避難。到着後まもなく、ひづるさんが破水した。威志さんが車を取りに戻る間、寒さに震えるひづるさんに、見知らぬ女性が「車に乗って」と声を掛け、毛布を手渡し休ませてくれた。

 戻った威志さんはひづるさんを車に乗せ中央区の病院へ。がれきや渋滞で進めない中、交通整理をしていた警察官に事情を話すと、迂回(うかい)路に誘導してくれた。約4時間後に到着。分娩(ぶんべん)室は停電で暗く、威志さんは懐中電灯で照らして励ました。午後6時21分、翼さんの産声が響いた。ひづるさんは「ありがとうございます」と何度も繰り返した。親子はその日のうちに北区の親類宅へ。深夜、翼さんは産湯につかった。

     ◇

 翼さんが両親から震災について詳しく聞いたのは、大学に入ってからだ。思春期には、震災の日に生まれた意味を求められているようで思い悩み、誕生日にケーキを囲むのも嫌がったという。高校に入り「震災の日に生まれたからこそ、できることがあるはず」と思うようになったが、何をすべきか分からなかった。

 震災を深く学ぶため神戸学院大学に入り、防災教育を専攻。東日本大震災の被災地でボランティアを経験した。卒論のテーマは「災害時の助け合いの大切さを伝える方法論の提案」。両親に当時の様子や気持ちを聞き、自分が誕生するまでにいろんな支えがあったことを知った。

 一昨年12月には神戸市内の小学校で、両親から伝えられたことや自身の経験を語った。社会人となった昨年、恩師から語り部団体への加入を誘われた。両親は「感謝を胸に育った。お世話になった方々に、家族としての感謝を翼が伝えてほしい」と背中を押した。

 昨年12月、「語り部KOBE1995」の例会で、翼さんは新メンバーとして紹介された。メンバーで震災時に次男秀光(スグァン)さん=当時(20)=を亡くした神戸市須磨区の崔敏夫さん(76)は「お父さんお母さんの話からは、『人を助けなあかん』という気持ちがわいてくる。語り継いでいこう。自信を持って話せばいい」とエールを送った。

 翼さんに当時の記憶はない。それでも「受け継いでいくことが、震災を知らない世代に与えられた使命」。感情を示したグラフや映像など、より伝わる工夫を凝らす。12日には同市東灘区の魚崎小で講演する。

2018/1/5

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