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阪神・淡路大震災の慰霊碑に刻まれた長男の名前をなぞる母の栄子さん(左)と父幸夫さん=神戸市灘区六甲台町
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阪神・淡路大震災の慰霊碑に刻まれた長男の名前をなぞる母の栄子さん(左)と父幸夫さん=神戸市灘区六甲台町

 神戸大の2キャンパスで17日、阪神・淡路大震災の慰霊献花式があり、遺族や教職員が若くして亡くなった学生らを悼んだ。「今年も来たよ」-。六甲台キャンパス(神戸市灘区)には、経営学部2年だった長男の戸梶道夫さん=当時(20)=を失った父幸夫さん(70)、母栄子さん(68)=大阪府和泉市=が訪れ、慰霊碑に刻まれた道夫さんの名をなぞった。

 震災では、神戸大の学生39人と職員2人、神戸商船大(現神戸大海事科学部)の学生5人と研究員1人が犠牲になった。

 道夫さんは神戸市灘区にあった下宿先のアパートが倒壊し、帰らぬ人に。成人式を迎えたばかりだった。幸夫さんと栄子さんは、同大学で学生を亡くした遺族同士の交流を続けており、栄子さんは「悲しみを共有し、子どもの生きざまを語り合うことで歳を重ねてきた」と振り返る。

 幸夫さんは「しっかり者の息子。もっといろんなことをしてやりたかったという思いは今も消えない」と悔やむ。その一方で「最近になってようやく道夫の生きた証しを残したいと、前を向けるようになった」と話す。

 また、経済学部3年で応援団長だった高見秀樹さん=当時(21)=をしのび、1年後輩だった国司和丸さん(42)=神奈川県川崎市=も手を合わせた。23年前、倒壊した下宿先の文化住宅から捜し出したが、間に合わなかった。「優しく、威厳があった先輩。共に過ごしたキャンパスに来ると、気持ちが届く気がする」と思いをはせた。

 海事科学部がある深江キャンパス(神戸市東灘区)では、学生や教職員ら約35人が花を手向けた。教え子だった山内傑登さん=当時(26)=を亡くした内田誠教授(59)は、「市内を捜し回ったが、助けることができなかった。震災の記憶が風化する中、この日だけは必ず、学生に経験を語り継ぎたい」と力を込めた。(井上 駿、大橋凜太郎)

2018/1/17

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