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【特集】ニュース解く説く TOKTOK

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 神戸市立王子動物園(同市灘区)で飼育されてきたジャイアントパンダの雌「旦旦(タンタン)」が間もなく、故郷の中国に帰ることになりました。多くのファンに愛された人気者との別れを惜しむ声が、地元で広がっています。他の動物園などを含めて国内のパンダを取り巻く状況はどうなっているのでしょうか。調べてみました。(安福直剛)

■飼育は国内3カ所 神戸には2000年に2頭

 日本では現在、王子動物園のほか、上野動物園(東京)とアドベンチャーワールド(和歌山県白浜町)の計3カ所でパンダが飼育されています。この中で最も早く受け入れたのが上野動物園です。1972年、日中国交正常化の象徴として2頭が来日しました。

 上野でパンダの公開が始まるとすぐ、「2時間並んで見物50秒」と言われるほどの人気ぶりに。その後、94年に和歌山、神戸には2000年に2頭がやって来ました。

 神戸が飼育地に選ばれた理由は、友好都市である中国・天津市を拠点に誘致活動を展開したことや、81年の神戸ポートアイランド博覧会で中国のパンダ2頭を紹介して盛況だったこと、王子動物園が中国の希少動物キンシコウの繁殖に成功した実績があったこと-などです。もちろん、飼育環境の充実や事前準備の徹底は大前提となります。

 ただ残念なことに、王子動物園では、繁殖がうまくいきませんでした。タンタンは、人工授精に2度成功しましたが、1度目は死産。2度目は生まれたものの、3日後に死んでしまいました。10年に雄の2代目「興興(コウコウ)」が急死してからは、タンタン1頭の状態が続いています。

■72年の米中接近が契機 共同研究目的で各国へ

 ジャイアントパンダは元来、中国の一部地域にしか生息していません。中国国外で数多く飼われるようになったきっかけは、東西冷戦下の72年の出来事でした。

 この年、米国のニクソン大統領(当時)が国交のない中国を電撃訪問して、毛沢東主席や周恩来首相と会談し、和解への一歩を踏み出しました。両国の接近を機に、中国は「西側諸国」に多くのパンダを贈り始めました。パンダは「友好の証し」として、中国から海外に送り出されたのです。

 パンダは希少動物で、生息域での竹の一斉枯死や密猟のため、70~80年代にかけて半減したと言われています。

 これに歩調を合わせるかのように75年、野生動植物の国際取引を制限するワシントン条約が発効しました。84年にはパンダに対する基準が厳しくなり、商業目的は許されず学術研究目的のみ可能となりました。

 中国から借りて飼育し、繁殖計画を進める代わりに、共同研究者の中国側に「保護活動費」(通常は年間で1頭5千万円程度)を支払うという仕組みです。神戸のタンタンも例外ではありません。国内3施設が繁殖に力を入れるのもそのためです。

■「阪神・淡路」後の希望に

 名目上は研究や繁殖が目的ですが、愛くるしい表情やしぐさは、多くの人々を魅了してきました。上野動物園では、パンダが来日した72年を境に来園者数がほぼ倍増。神戸でも同様の効果が出ています。

 和歌山県白浜町は「パンダのまち」としてPRしています。同県内外を往来する観光列車やバスにはパンダの図柄があしらわれ、地元の土産物店にはパンダグッズがあふれます。南紀白浜観光局は「赤ちゃん誕生のニュースに地元は盛り上がり、観光客の反応も明らかに変わる」といいます。

 そして、阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた神戸では、パンダは希望の象徴でもありました。公募で決まった2頭の名前「興興」と「旦旦」はそれぞれ、「復興」や「夜明け」を意味します。中国側も「震災で傷ついたまちを勇気づけたい」との意向があり、貸与につながったようです。

 タンタンの帰国後、次のパンダが来るかどうかは未定です。ただ、20年間パンダと地域づくりを進めてきた灘駅前商店会の新井みき会長(73)は「元気のない商店街に元気をくれた。後世のため少しでも誘致活動に尽力したい」と力を込めます。政治や外交上の思惑はともかく、われわれを笑顔にしてくれるパンダ。再来が待たれます。

2020/7/5

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