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阪神・淡路大震災で亡くなった妻への思いを語る大鳥居慎司さん(撮影・笠原次郎)=7日午後、神戸市役所
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阪神・淡路大震災で亡くなった妻への思いを語る大鳥居慎司さん(撮影・笠原次郎)=7日午後、神戸市役所
家族で芋掘りを楽しむ裕美子さんと聡さん、真美さん=1994年10月、神戸市内(大鳥居慎司さん提供)
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家族で芋掘りを楽しむ裕美子さんと聡さん、真美さん=1994年10月、神戸市内(大鳥居慎司さん提供)
自宅でくつろぐ裕美子さん(左上)、聡さん(右上)、真美さん=1994年2月6日、神戸市東灘区の自宅(大鳥居慎司さん提供)
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自宅でくつろぐ裕美子さん(左上)、聡さん(右上)、真美さん=1994年2月6日、神戸市東灘区の自宅(大鳥居慎司さん提供)
聡さん(左端)と真美さん(右端)の七五三を記念して撮影に臨んだ大鳥居慎司さん(左から2人目)と裕美子さん=1994年11月(大鳥居慎司さん提供)
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聡さん(左端)と真美さん(右端)の七五三を記念して撮影に臨んだ大鳥居慎司さん(左から2人目)と裕美子さん=1994年11月(大鳥居慎司さん提供)

 阪神・淡路大震災から22年となる17日、神戸・三宮の東遊園地で開かれる「追悼の集い」で、神戸市東灘区で被災した大鳥居慎司さん(58)=大阪府和泉市=が遺族代表として思いを述べる。妻裕美子さん=当時(32)=を失い、手探りで幼子2人を育てた日々。不安に押しつぶされそうな毎日を支えたのもまた、子育てだった。

 同区魚崎北町の木造2階建ての自宅が全壊。1階で寝ていた大鳥居さん夫婦と、当時4歳の長男聡さん、2歳だった長女真美さんの4人が下敷きになり、最後に救出された裕美子さんだけが亡くなった。

 大鳥居さんが2人の子育てを背負うことに。慣れない家事。書店で父子家庭向けの本を探したが、あるのは母子家庭向けばかり。振り返れば反省も多い。とりわけ真美さんが思春期のころはなかなか気持ちが分からず、「妻がいれば」と何度も思った。

 「私が亡くなって、妻が残った方が子どもたちは幸せだったはず。(裕美子さんには)ごめんなさいと言いたい」と笑うが、子育てという目標があったからこそ、悲しみを乗り越えられたとも思う。2人の子どもは26歳と24歳になった。

 大鳥居さんは今、東日本大震災の被災地で、同じ境遇の父親らと語り合う活動を続ける。壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市など、これまでに12回被災地に足を運んだ。

 「同じ経験をしていないと伝えられないことがある。二度としたくない体験だが、伝えるのが私の使命だと思う」(紺野大樹)

2017/1/7

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