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 1995年の阪神・淡路大震災では、野島断層(淡路市)などが遺構として保存されたが、猛火の熱で折れ曲がった西神戸センター街のアーケード(神戸市長田区)など、保存が検討されながら解体された構造物も数多くあった。

 その後、災害の記憶を後世に伝える遺構保存の重要性が指摘されるように。2012年には宮城県南三陸町の防災対策庁舎保存を求め、神戸市内でも署名活動が行われた。

 一方、神戸新聞社が昨年、阪神・淡路から20年を前に実施した遺族アンケートでは、震災遺構を「もっと残すべきだった」と答えたのは25%。「残すべきではなかった」が6・4%、「その他・わからない」が44・7%を占め、時間がたってもなお、複雑な心境が浮かび上がった。

 次男=当時(20)=を亡くした神戸市須磨区の崔敏夫さん(74)は「災害はいつか風化する。語り継ぐために残すべきだと思う」と話す。その上で「私は息子の遺骨をいまも自宅に置いている。東北では遺体さえ見つからない状況があり、もっとつらいだろう」と、東日本大震災の遺族の心情を思いやった。

2015/3/10

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