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両親と弟、祖母を失った名城直樹さん(右上)は、妻千鶴さん、3人の子どもとともに竹灯籠の明かりを見つめた=17日朝、神戸市中央区の東遊園地
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両親と弟、祖母を失った名城直樹さん(右上)は、妻千鶴さん、3人の子どもとともに竹灯籠の明かりを見つめた=17日朝、神戸市中央区の東遊園地

 底冷えのする暗闇の中、人々がろうそくに火をともす。17日朝、「未来 1・17」の文字が浮かび上がった神戸・三宮の東遊園地は、多くの祈りに満ちた。淡路島では、慰霊のともしびが海風に揺れた。阪神・淡路大震災から21年。あの日の少年は3児の父となり、親子で手を合わせた。幼子は教師となり、また公園の案内人となって、亡き人を思った。失ったからこそかみしめる、家族の大切さと命の尊さを伝えたいと願って。

 今年も会いに来た。お父さん、お母さん、和也、おばあちゃん。心で呼び掛ける。

 午前5時46分、神戸市中央区の東遊園地。両親と弟、祖母の家族4人を失った会社員名城(なしろ)直樹さん(34)=兵庫県豊岡市香住=は、妻とまだ幼い3人の子どもと一緒に訪れた。

 「まだ、理解するのは早いかな」。3人の小さな肩に手を添え、ともしびを見つめる。「家族の大切さが分かる人になってな」

 21年前、中学1年だった名城さんが住む神戸市東灘区岡本2の自宅は全壊した。激しい揺れと、ごう音。気付くと、天井が目の前に迫っていた。約6時間後、2段ベッドで一緒に寝ていた次弟とともに助け出された。

 別の部屋で寝ていた母恵子さん=当時(39)=と末弟で小学1年の和也君=同(7)=は、父明彦さん=同(42)=に守られるようにして亡くなっていた。祖母モチさん=同(84)=も駄目だった。

 楽しい家族だった。楽しい毎日だった。地震の前日は、姫路への1泊旅行から帰ってきたばかり。父とサウナに入ったり、和也君と風呂で泳いだり。遊園地で写真も撮った。

 なんでや…。安置所での再会。弟と二人ぼっちになった。

 負けないで生きようと思った。兄弟を引き取った豊岡の伯父夫婦は本当の息子のように接してくれた。

 妻千鶴さん(34)は豊岡の中学の同級生。2007年に結婚し、長男悠稀君(8)と長女果歩ちゃん(6)、次男來杜(らいと)君(4)を授かった。

 不思議がひとつ。果歩ちゃんは1月17日生まれ。予定より1週間も早かった。よく「女の子もほしいな」と話していた母の思いがかなったのかも。そんな気がした。

 いつからか子どもを連れ、東遊園地へ来るようになった。車で片道2時間半ほどかかる。でも、何かを感じてほしい。自然な思いからだった。

 この日は、竹灯籠の前に5人並んで手を合わせた。両親らの銘板がある場所に白い花を添えた。

 「『1・17』は命の大切さを忘れないということに尽きる。一日一日を大切に生きる。そのことを伝えていきたい」と名城さん。まなざしの先に、柔らかな光に包まれる子どもたちがいた。

(鈴木雅之)

2016/1/18

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