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愛媛県の友人から届いたミカンを手に取る深田勲さん(右)と洋子さん=神戸市東灘区本山南町8
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愛媛県の友人から届いたミカンを手に取る深田勲さん(右)と洋子さん=神戸市東灘区本山南町8
避難所のボランティアと写真に収まる深田勲さん(左端)=1995年1月、本山南小学校(深田さん提供)
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避難所のボランティアと写真に収まる深田勲さん(左端)=1995年1月、本山南小学校(深田さん提供)

 阪神・淡路大震災で被災した深田勲さん(73)と妻の洋子さん(65)=神戸市東灘区=が、当時世話になったボランティアらにミカンを送り続けている。毎年1月17日必着で、全国6カ所に1箱ずつ。お返しには地元の名物や手紙が届く。ミカンに込めた思いとは-。(森 信弘)

 深田さん夫婦は「すじモダンの店 えっちゃん」を営む。震災で自宅兼店舗が全壊。知人宅に身を寄せ、勲さんは避難所となった本山南小学校で食事係を買って出た。

 汁物を毎日夕食だけで約1300食。倒れそうになる勲さんを支えたのは、各地から駆け付けたボランティアだった。

 1998年4月に再建。その2年後の1月17日、店の前で「元気が出る不思議なミカン」と銘打ってミカンを配り始めた。近所で被災し、愛媛県に移ってミカン作りを始めた友人の大川利光さん(73)と話し合ったのがきっかけ。毎年1トン以上運んでもらった。

 「あの人たちにも送ろう」

 思い出したのがボランティアの人たちだった。北海道、長野、栃木…。送り続けてもう10年以上になる。

 長野県小川村の丸田勉さん(67)と妻真里子さん(68)。お返しにと、こちらも1月17日必着で地元の名物「おやき」を送る。

 地震から1カ月ほどたったころ。丸田さんは村の住民と冷凍した何千個ものおやきを携えて、突然、本山南小学校にやって来た。ガスボンベや蒸し器を持ち込んで温める。ほかほかのおやき。「寒かったから、そらありがたかった」と深田さん。

 その日の夕方、丸田さんらのトラックが校門を出るとき、深田さんは手を振りながら涙があふれた。「言葉にならず、顔がぐしゃぐしゃになってしまって」。丸田さんらも身を乗り出して手を振った。

 その後も、丸田さんは食材を抱えて訪れた。地元の和太鼓グループを連れて来たこともあった。

 「おやきもミカンも物ではなく手紙みたい。お互い、あの日々を忘れないという気持ちがつづられている」と丸田さん夫婦。

 深田さんは「ミカンはもらった人が誰かと分けて食べる。震災のことを思う輪が広がるよね」。思いの詰まった箱は、今年ももうすぐ各地に届く。

2016/1/14

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