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神戸の壁の前で今後の意気込みを語る北淡震災記念公園の宮本肇総支配人とリメンバー神戸プロジェクトの三原泰治代表=淡路市小倉(撮影・内田世紀)
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神戸の壁の前で今後の意気込みを語る北淡震災記念公園の宮本肇総支配人とリメンバー神戸プロジェクトの三原泰治代表=淡路市小倉(撮影・内田世紀)

 阪神・淡路大震災による神戸市長田区の火災で焼け残った防火壁「神戸の壁」と、震災を引き起こした「野島断層」がある淡路市の北淡震災記念公園で、壁の保存活動に取り組んできた市民団体と同公園、淡路市の3者が13日、「継承発展実行委員会」を設立した。震災の二つの“生き証人”を将来へ引き継ぎ、活用していくため、それぞれの関係者が協働する体制を整えた。

 実行委は、震災の傷跡を伝えるシンボルとして、神戸の壁の保存活動に約20年間取り組んできた「リメンバー神戸プロジェクト」の三原泰治代表と、同公園の宮本肇総支配人が共同代表となり、門康彦・淡路市長が顧問に就任。同市の幹部らが常任委員を務める。

 三原代表は、団体のメンバーが高齢化する中で「神戸の壁も、放置すればただのハコモノ。自分たちが生きている間だけの活用では、保存したことにはならない」と、実行委設立の背景を説明する。

 同日、報道関係者らへの報告会で、宮本総支配人は「傷跡が消え、町並みが変わり、記憶が薄れていく中だが、その継承はもとより、発展させて語り継ぎたい」と指摘。三原代表は「今からがスタート。一緒に着実に進めていきたい」と話した。

 実行委は来年1月、神戸の壁のライトアップや写真展の開催を計画している。(高田康夫)

 【神戸の壁】1927年に神戸市長田区の市場の防火壁として建造された。高さ約7メートル、幅約14メートル。神戸大空襲や阪神・淡路大震災を耐え抜いた。市街地整備のため99年に旧津名町(現淡路市)のしづかホール敷地内に移設。2009年、北淡震災記念公園(同市)へと移された。震災後、市民団体「リメンバー神戸プロジェクト」が壁の保存や継承に取り組んできた。

2015/11/13

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