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 「こんな極楽、久しぶりやなぁ」。阪神・淡路大震災の発生から1カ月後、家族や友人、自宅を失った人たちが、大分県の名湯・別府温泉で疲れ切った心と体を癒やした。あれから20年余り。招いた人と招かれた人が神戸で再会した。今度は被災者とボランティアではなく、友人同士として。(木村信行)

【大分へお越しください】

 大分市の元理容師安東静夫さん(69)と高校教諭糸永伸哉さん(49)が、「大分出会いの村・阪神大震災里親協力会」を立ち上げたのは震災4日目、1995年1月20日だ。

 木片になった家、避難所にあふれる人々。テレビの映像に息をのんだ。「まずは子どもを安全な場所に避難させよう。親の生活再建にも役立つはずだ」。ホストファミリーを募ると1週間で170家族が応じ、救援物資の提供や募金にも多くの市民が協力した。「遠く離れた大分から神戸を応援したい。そんな思いがまちにあふれていた」と安東さん。

 別府温泉に被災者を招く無料ツアーも企画。神戸の避難所を回り、遠慮がちに告知の紙を張る糸永さんに「それ、なあに」と最初に声を掛けたのが正置(まさき)涼子さん(63)だった。

【風呂で生き返った】

 神戸市灘区の市立鷹匠中学校近くにあった正置さん宅は全壊。周辺で約40人が亡くなった。

 夫の尚夫(ひさお)さん(66)は救助に駆け回った。がれきの下から女の子を助け出した。だが、息のない男の子に人工呼吸をしようと胸を押すと、指がすっと入った。骨が砕けているのだと悟り、おえつした。

 途方に暮れ、夫婦で鷹匠中に避難中、「大分へお越しください」と書かれた張り紙に出合った。

 2月24日、180人の被災者と共に別府温泉に向かった。3泊4日のツアーを大分の市民400人がボランティアとして支えた。

 「ゆっくり風呂に入って生き返った。あの時、ごちそうになったスッポンの空揚げの味は今でも忘れられんなぁ」。尚夫さんは懐かしむ。

 当時小学6年生だった正置さんの長女美保さん(33)は、里親協力会が95年の夏休みに企画したホームステイに参加。大分の山奥の家で2週間を過ごした。「夜、電気を切ると部屋の中が虫だらけ。びっくりしたけど、楽しかった」

【再会…笑った泣いた】

 震災20年の今年1月17日。安東さんの自宅に20年前のボランティア仲間が集まった。毎年届く正置さんの年賀状に「美保がカフェをオープンします。いらしてください」とあった。「行こう!」。皆で盛り上がった。

 今月11日、夜行フェリーで安東さんら4人が来神。神戸市中央区の二宮市場内に8月にオープンした「カフェサロン・エメ」で正置さん一家と再会した。

 美保さんは2人の子の母親になっていた。「立派なお母さんになったなぁ」。手を取り合った。

 「皆さんの優しさに感激して、大分に移住しようかと本気で話し合ったんです」と涼子さん。温泉ツアーを記録した当時のビデオを見ながら、思い出話に笑い、涙も出た。

 「地震がなければなかった出会い。絆ってこうして生まれるんだね」。安東さんたちはうれしそうに焼酎をあおった。

2015/10/20

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