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自身の体験をもとに書かれた絵本「おむすびの涙」を朗読する杉田二郎さん=西宮市甲子園口1、ギャラリーわびすけ
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自身の体験をもとに書かれた絵本「おむすびの涙」を朗読する杉田二郎さん=西宮市甲子園口1、ギャラリーわびすけ

 阪神・淡路大震災で、教え子を失った西宮市教育委員会課長杉田二郎さん(50)の体験をつづった絵本「おむすびの涙」の原画が、同市甲子園口1のギャラリーわびすけで公開されている。震災学習の教材に使われたり、16の言語に翻訳され世界25カ国で読み継がれたりしてきたが、原画の一般公開は初めて。杉田さんは「絵本が震災を忘れない一つの手段になれば」と話している。

 杉田さんは震災当時、同市立香櫨園小学校3年の担任だった。避難所となった学校の対応に追われる一方、児童の安否確認のため、校区内を一軒一軒訪ね歩いた。

 発生から2日後の19日夜、受け持っていた三浦舞さん=当時(9)=の遺体を収容したとの連絡が学校に入り、遺体安置所の市立武道場(同市河原町)で舞さんと対面した。マンション1階に住んでいた舞さん一家は4人全員が亡くなった。「砂ぼこりをかぶってたけど寝ているようだった。顔が赤黒く、圧死だったのでしょう」と振り返る。

 震災直前の正月に舞さんから届いた年賀状には「3学きもべんきょうをがんばるぞ~」と書かれていた。舞さんを失ったショックは癒えなかったが、小学校で送る会をしたことや同僚から「ずっと忘れないことが大事」と声を掛けられ、前を向く決心をした。以来、毎年1月17日は、舞さんを忘れないため、一日中断食している。

 この話を聞いた愛知県の杉田さんの知人が絵本にすることを申し出た。

 物語は、震災後に生まれた主人公の少女のもとに1月17日、小学校教諭のおじさんが訪ねてくるところから始まる。出されたおむすびに手を付けないことを不思議に思う少女に母親が、震災で児童を亡くしたことや震災を忘れないために断食していることなどを説明する。少女は「痛かったよね。くるしかったよね。お家(うち)の下じきになって」と思い、おじさんが手を付けなかった米粒が大粒の涙のように見えたという内容。

 杉田さんは、絵本を震災学習の教材として児童の前で伝えてきた。昨年の1月17日には高校生になった教え子が話を覚えていて、舞さんの名も刻まれている同市奥畑の震災記念碑公園の追悼之碑に来てくれたという。

 杉田さんは「震災を伝える方法はさまざま。どんな形でも語り継ぐことが大切」。今年も慰霊碑を訪れ、断食を続ける。(尾藤央一)

2016/1/15

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