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最後に撮った家族写真。右から2人目が長女百合さん(中北さん提供)
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最後に撮った家族写真。右から2人目が長女百合さん(中北さん提供)
「いつも娘を感じられる家にしたかった」と話す建築家の中北幸さん=西宮市大井手町
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「いつも娘を感じられる家にしたかった」と話す建築家の中北幸さん=西宮市大井手町

 阪神・淡路大震災で中学2年だった長女百合さん=当時(14)=を亡くした兵庫県西宮市大井手町の建築家中北幸(こう)さん(63)は震災以来、約60件の個人住宅の設計を手掛けてきた。「いつかお父さんが設計した家に住みたい」。そう屈託なく笑った娘の命は、崩れた自宅で一瞬にして奪われた。脅威と恵み。相反する二つの自然とどう向き合うか。中北さんの住まいづくりへの挑戦は、あの日から始まった。

 「命を守る家の語り部」。耐震木造住宅のスペシャリストとして、テレビ番組に紹介されたのは昨年2月だった。築40年以上の木造民家のリフォーム設計を担当。大幅な耐震補強をするとともに避難時に取り外せる扉などを設置し、太陽熱を利用した温風暖房も備えた。

 「耐震性を確保しながら、自然の恵みを感じられる家に」。被災後、たどり着いた答えがこの道だった。

 震災当時の自宅は築60年以上の木造2階建て。震度7の激震に、家族5人が暮らす建物はもろくも崩れ落ちた。「最も身近な場所に目が届いていなかった。父としても建築家としても娘を守れなかった」。後悔の念が消えたことはない。

 一方で、傷ついた心に安らぎを与えてくれたのもまた、自然の力だった。

 震災後、1年半暮らした仮設住宅は緑に囲まれた公園の中にあった。野鳥の声で目覚め、雨の音で土のにおいに気付く。住まいの原点を感じた気がした。「豊かな住まいをつくる上で、最も大切なことに気付かされた。同時に、今まで何を見て設計してきたのか、とがく然とした」

 長年勤めた安藤忠雄建築研究所から独立し、自然と調和した設計、耐震にこだわった。

 自身の住まいも1996年に建て直した。吹き抜けから入った光は家中を暖め、降り注ぐ雨は生活水に変わる。仕事場の屋上に設けた菜園は祈りの場でもある。畑に続く外階段を一段上がることに天国に行った百合さんを思う。

 「まだ死を素直に肯定できていない。頭の中にも心の中にも百合という人間がいつもいる」。娘が本当に住みたいと思える家をつくれているのか。父と娘の対話はこれからも続く。(前川茂之)

2016/1/15

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