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尼崎連続変死事件公判

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 尼崎連続変死事件で、角田美代子元被告=自殺時(64)=の親族ら3人に対する裁判員裁判第13回公判が25日、神戸地裁で開かれた。2008年に兵庫県尼崎市のマンションベランダの物置で亡くなった仲島茉莉子さん=死亡時(26)=に対する殺人・監禁罪などの審理があり、茉莉子さんの夫の康司受刑者(45)の証人尋問があった。

 弁護側との主なやりとりは次の通り。

 -08年6月に、茉莉子さんと沖縄に逃げた。見つかるかもと考えた?

 「そうですね、捕まるかな、と不安に思いながら逃げました」

 -翌7月に沖縄で元被告に見つかる。尼崎に戻る以外の選択肢はなかったか。

 「観念しました。もう何をやっても駄目だと思い、絶望的な気持ちになりました」

 -物置に閉じ込められて、「何で自分や茉莉子さんが入れられなきゃいけないんだ」という気持ちはあった?

 「ありました」

 -その後、監禁中に茉莉子さんを手加減なしで殴ったことがありましたね。

 「はい」

 -ちゅうちょする部分はなかったのか。

 「ちゅうちょしてませんでしたね」

 -逃亡中にあなたは「茉莉子を守ってやろう」と思ったんですよね。どうしてそんな風に変わってしまった?

 「それは美代子からの虐待がきつかったのが1番ですね。結果的には自分かわいさ。もう茉莉子への気持ちはなかったですね」

 -その「気持ち」とは、茉莉子さんを守ろうという気持ちのこと?

 「はい」

 -元被告の虐待が茉莉子さんの方に向いていると、自分の方はその分楽になると?

 「そうです」

 -角田家の男の人たちがパチンコに出掛けて、自宅に元被告ら女性しか残っていない状況の時、虐待されてあざだらけの茉莉子さんを抱えて家にいる女の人たちを蹴散らして、警察に駆け込もうという気持ちはなかった?

 「なかったですね」

 -口では(元被告に)言いくるめられるかもしれないけど、そうしなかった(茉莉子さんを抱えて家にいる女の人たちを蹴散らして、警察に駆け込まなかった)のはなぜ?

 「自分がやられないためです」

 -後で報復されるという気持ちがあった?

 「そうです」

 -自分が先に物置から出た後、そのまま閉じ込められている茉莉子さんを、どういう気持ちで見ていた?

 「茉莉子が(逃亡中かくまってくれた)東京の友人のことを美代子に話してしまってからは、憎しみや恨みがありました。美代子がやってることでしたから、僕にはもう止められませんでした」

 -あなたは、元被告の何をそんなに恐れていたのか。

 「これはもう…言い表せない。えたいの知れない怖さが、絶対逆らえないような怖さがありました」

 -えたいの知れない怖さとはどういうこと?

 「1番はしつこさ。怖いお兄さんとか、やくざとかではないんですけど、見えない怖さ、しつこさがあった」

 -それは見た目ではなくということ?

 「はい。けんかしたら、勝てると思うんですが、美代子はそういうんじゃないんですよ。しつこさ、怖さ、圧力がありましたね」

 -元被告の指示を受けた李正則被告については?

 「正則に怖いという気持ちはなかった。一対一でなら正則に服従することはなかったと思う。美代子がいるから従っていただけ」

 -あなたは角田家で生活していて、一つでもいいことがあったか。

 「…何もないです」

2015/6/25
 

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