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阪神・淡路大震災の被災地で仮設住宅に常駐し、高齢者の支援を続けた黒田裕子さん=1995年9月1日、神戸市西区平野町、西神第7仮設住宅
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阪神・淡路大震災の被災地で仮設住宅に常駐し、高齢者の支援を続けた黒田裕子さん=1995年9月1日、神戸市西区平野町、西神第7仮設住宅

 阪神・淡路大震災など国内外の被災地で活動してきたNPO法人「阪神高齢者・障害者支援ネットワーク」(神戸市西区)の理事長で、看護師の黒田裕子さんが24日、73歳で亡くなった。「現場主義」を貫き、常に被災者に寄り添う一方、災害看護分野で後進の育成にも当たった。震災20年を目前にした訃報。復興の道のりを共に歩んできた人々からは、遺志を継ぐ決意と感謝の声が上がった。

 親交が深かった作家柳田邦男さん(78)=東京都=は「災害看護や被災者支援で新たな世界を開き、人生を丸ごとぶつけた人。全国に大きな影響を与えた」と悼んだ。亡くなる4日前に入院先で会い、「黒田さんの肉体はなくなってもスピリットは生き残る」と語り掛けると、喜んだという。

 「家族を失ったような気持ち。阪神・淡路以来の戦友」。そう話すのは、神戸大の室崎益輝名誉教授(70)。

 防災や被災者支援について常に話し合ってきた。8月の丹波豪雨の直後に電話を受けた際には「災害看護を学んだ看護師を派遣しないといけない」と話していたという。「志半ばで逝った黒田さんの後を継いでいきたい」

 阪神高齢者・障害者支援ネットワークの創設者の一人で、副理事長の医師梁(リャン)勝則(スンチ)さん(58)は20年近く、活動を共にしてきた。黒田さんの遺言は「(東日本大震災の被災地の)気仙沼も、最後の一人まで支援を続けてほしい」だったという。「かけがえのない仲間を失った」と悼んだ。

 全国各地の被災者支援に取り組む被災地NGO恊働センター(神戸市兵庫区)の理事、村井雅清さん(63)は「休まず走り回っているので、僕たちの仲間は冗談で『サイボーグ』『不死鳥』と呼んでいた」と振り返る。「20年近く、ずっと一緒にやってきた。亡くなったことがまだピンとこない」という。

 高知県立大学長の南裕子さん(72)=元兵庫県立看護大学長=は、1998年の日本災害看護学会発足を機に交流を深めた。「現場に真実があるという信念を持ち、寝る時間も削って被災者に寄り添い続けた。黒田さんの経験とメッセージを、体系化して形にするのが私たちの仕事」

 一方、東日本大震災直後から黒田さんがほぼ毎月訪れていた宮城県気仙沼市の面瀬中学校仮設住宅。自治会長の尾形修也さん(70)は「手厚いボランティア体制を築いてくれ、天使のような人だった」と話す。

 7月の夏祭りの際、炎天下で高齢者らに笑顔で話しかけ続けた黒田さん。「無理せず休んでほしかったが、ずっと動き回っていた。感謝を伝えたかった」と声を詰まらせた。

2014/9/25

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