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中学生も参加した「だんらん・あったか訪問」。定期的に見守ることが高齢者の体調などの微妙な変化に気づく一歩という=西明石南町1
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中学生も参加した「だんらん・あったか訪問」。定期的に見守ることが高齢者の体調などの微妙な変化に気づく一歩という=西明石南町1
中学生も参加した「だんらん・あったか訪問」。定期的に見守ることが高齢者の体調などの微妙な変化に気づく一歩という=西明石南町1
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中学生も参加した「だんらん・あったか訪問」。定期的に見守ることが高齢者の体調などの微妙な変化に気づく一歩という=西明石南町1

 阪神・淡路大震災で多くの仮設住宅が建った花園小学校区。そこでボランティアに励んだ住民らが、経験を基に新たな取り組みを始めた。進む高齢化。命を守るために何が必要か-。このまちで問い続ける姿を追った。(広畑千春)

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 阪神・淡路大震災から20年を目前にした昨年12月。JR西明石駅周辺の明石市立花園小学校区で、サンタクロースの衣装を着た市立望海中学生42人と地元住民、介護施設職員ら約20人が6班に分かれ、一人暮らしのお年寄り138人を訪ねた。

 手には、シクラメンの鉢植えとメッセージカード。「お体大事にしてくださいね」と中学生。「まあ」と目を細めるお年寄りに「体どない? 何かあったら、わしらがいつでも飛んでくるから」と地元住民。「調子が良くなったら花でも見においで」と声を掛けた。

 1991年に結成した「ボランティア・はなぞの」(松本茂子会長)が、一昨年から月1回行う「だんらん・あったか訪問」。安否確認だけでなく定期的に集いを開くなどし、お年寄りの外出を促すのがポイントだ。提案者の合田鎮(74)は「いざというとき、一歩でも外に出ないと『避難』につながらん。環境をつくっておかないと」と語気を強める。

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 そのように思いを強くするのは、あの震災があるからだ。合田は当時、大阪市と神戸市灘区に事務所を構えるテレビメーカーの社長だった。幸い西明石南町にあった自宅マンションや家族に大きな被害はなかったが、発生3日後、ようやくたどり着いた神戸の事務所で、女性従業員3人が犠牲になったことを知った。そのうちの1人は、2カ月後に夫のふるさと沖縄へ移り住む予定だったが、夫もろとも、倒壊した家の下敷きになった。

 合田は「社員を守ろう」と考え、すぐに大阪の社屋を大規模改修したが、その後は社業の復旧や新たな商談などで国内外を奔走。神戸の事務所を売却したこともあり、震災を振り返ることは多くなかった。それでも、亡くなった従業員のことは、いつまでも忘れることができなかった。

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 5年前、合田は病気を機に引退した。その頃から知り合いの松本(72)に誘われて活動に携わり始めた。松本は、震災直後から望海中の避難所やJR西明石駅前の仮設住宅(50戸)で行った見守り活動の経験を、地域でも生かそうと「あったか訪問」を始めていた。

 「防災のことなら」と加わった合田は「やるなら『一人の犠牲者も出さないまち』にせんとあかん」とまい進した。緊急時の避難経路の坂道や階段まで記した地域の防災マップづくりを端緒に、訪問活動に「だんらん」の要素を追加することなどを次々と考案。松本らは住民や介護関係者らをつなぎ地域のネットワークを築き上げていった。

 活動は幅を広げながらどんどん進んだ。(敬称略)

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〈阪神・淡路大震災データ〉

 明石市内には28カ所の避難所が開設され震災があった1月17日から翌日にかけて23カ所で3369人が利用。その後、避難所も避難者も少しずつ減り、4月16日にすべての避難所が閉鎖された。

2015/1/10

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