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東京都内(撮影・佐々木彰尚)
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東京都内(撮影・佐々木彰尚)
鈴木亮平さんが在籍した小学校は震災後、体育館が使用できず、卒業式は屋外で行われた=1995年3月、西宮市内(提供写真)
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鈴木亮平さんが在籍した小学校は震災後、体育館が使用できず、卒業式は屋外で行われた=1995年3月、西宮市内(提供写真)

 昨年放送されたNHK連続テレビ小説「花子とアン」。鈴木亮平さんは、吉高由里子さん演じるヒロインの夫役を務めた。夫の英治はドラマの中で、関東大震災を経験する。

 「地震の後、自宅に帰り、家族の無事を知るシーンがあった。演出では『花子さんと子どもと再会し、安堵の笑いを浮かべる』となっていた。でも、絶望の中で家族が生きていたことを知った時、人は笑えるのだろうか? 僕は普段、演出家には意見を言わない。でも、その時だけは意見を出させてもらった。本番では、そのシーンで、ただただ子どもを抱きしめた」

 阪神・淡路大震災が起きた1995年、鈴木さんは小学6年生。こだわりを持って演じたドラマの一場面は当時の記憶を重ねた。

 「あの時、子ども部屋の2段ベッドで兄貴と寝ていた。地震が起きてすぐに父親が部屋に飛び込んできた。『地震だ。外に出るぞ』。暗闇の中、部屋に立つ父親のシルエットが頭に焼き付いている。芝居では、子どもを守ろうとしたあの時の父の姿、気持ちをイメージした」

 「地震からしばらくして阪神電車が神戸まで復旧した日、父親に連れられて電車に乗った。車窓から見えた神戸のまちは悲惨だった。『この景色をしっかり覚えておけ』。父からはそう言われた。地震とはどういうものか、地震が起きればまちはどうなるのか。父と一緒に電車に乗りながら、痛み、苦しみを知った」

 通っていた小学校の体育館は避難所になり、3月の卒業式は運動場で行われた。

 「僕は児童会長だった。紅白の幕が張られた運動場で答辞を読んだことを覚えている。当時の状況を知らない人に卒業式の写真を見せると、運動会と勘違いされる。中学生になってからは公園で遊んだ記憶がない。近所の公園は仮設住宅が建っていたので使えなかった。でも、それはそれで楽しんでいた。狭いスペースで遊ぶために知恵を働かせた。震災は悲劇的に語られがちだけど、渦中にいた僕は、人のたくましさも感じていた」

 大学卒業後、俳優の道へ。2010年に「阪神・淡路」後の神戸が舞台の映画「ふたたび」、12年には東日本大震災がテーマの演劇「HIKOBAE」に出演した。

 「まちが復興しても心の傷は残る。当然、被災者にとって失礼な作品をつくっちゃいけない。悲しみを思い出させてしまうかもしれない。だからと言って、こちらがおびえてもいけない。舞台や映画を通して震災を知らない人に共感してもらい、被災者の心を癒やす。それを信じて演じている。天災に対して、悲劇に対して、俳優として何かを伝えたい。芝居の上手下手とは別に、震災を経験した自分にしか演じられないことがあるはず」

 西宮を離れて十数年。故郷は大きく変わった。「今があの頃の未来」。震災20年を迎えるふるさとを、鈴木さんはそう表現する。

 「『復興』と呼ぶのがはばかられるほど、西宮は素晴らしいまちになった。20年前、この先どうなるのかという不安の中で、『震災に負けない』『いいまちにしよう』という思いが、今のまちをつくり上げた。ふるさとの人たちは力強い。西宮出身として誇りに思う。僕自身、20年前の経験が俳優の仕事に生きている。これからの未来をつくるのもまた、今の自分だと思う」(聞き手・松本大輔)

 すずき・りょうへい 1983年生まれ。西宮市出身。芦屋南高(現県立国際高)を経て東京外国語大に進学。2006年、俳優としてデビュー。出演作品は映画「阪急電車」(11年)「ガッチャマン」(13年)など。ホリプロ所属。

2015/1/2

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