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太祐さんへの思いをつづった詩集を読み返す野呂和美さん。香里さんからの手紙(手前)は今もファイルに収めている=三重県松阪市飯高町
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太祐さんへの思いをつづった詩集を読み返す野呂和美さん。香里さんからの手紙(手前)は今もファイルに収めている=三重県松阪市飯高町

 水色の封筒、18行取りの便箋5枚。阪神・淡路大震災で関西学院大1年の三男太祐(たいすけ)さん=当時(19)=を亡くした野呂和美さん(69)=三重県松阪市飯高町=が、今も大切にファイルにしまう手紙だ。

 太祐さんの葬儀で、高校時代から付き合っていた越山(現姓奥野)香里さん(39)がひつぎに添えた。「手紙書くのってこれで2回目かな」。そんな書き出しの後、丁寧な字で「記憶」を刻んだ。

 高校の廊下での出会い、受験、一緒に西宮に来た日。大学のベンチで肩に手を回され、心臓が飛び出そうになったこと。「これからもいっぱい想い出つくるはずだった」。最後の便箋に「頑張るから…生きていく事許して下さいね」とつづった。

 和美さんは以降、香里さんと手紙を交わし、近況を報告し合うようになった。

 大学院修了後、大阪の専門学校に就職した香里さん。多忙で退社が夜遅くになっても、続けた日課があった。

 震災当時から住み続けた自宅マンションを通り過ぎ、関学大周辺に続く上り坂を歩く。太祐さんが亡くなった下宿跡で「ただいま」と告げ、少し遠回りをして1時間ほどかけ帰宅。「つらいことを全部リセットするための大切な時間」だった。

 和美さんは1996年5月、太祐さんの生きた証しとして息子への思いや香里さんらとの出会いをつづった詩集を出版。交わす手紙に励まされるように、訪問販売の仕事を始め、やりがいを見いだした。

 香里さんは2002年冬に帰郷し、三重県庁の非常勤職員になった。そこで知り合ったのが、防災関係部署に勤務する夫の真行さん(43)だった。

 交際を始める時、香里さんは震災で大切な人を亡くしたことを明かした。「私の心の中には今も野呂君がいる」とも。真行さんは香里さんの話にじっと耳を傾け、優しく答えた。「それでもいい。少しずつでいいから」

 05年春の結婚式には和美さんを招いた。ずっと見守ってくれたから、新たな出発を見てほしかった。白いウエディングドレス姿に目を細める和美さん。「私も大丈夫だから。香里ちゃんも幸せになって」と願った。

 和美さんにも新たな交流が生まれた。

 遠縁に当たり、震災で1歳の三女を亡くした神戸市西区の横井英樹さん(62)。音楽が趣味で、昨秋「太祐君の歌を作った」と訪ねてきた。和美さんから詩集をもらったが、当初は「つらくて読めなかった」。昨春ようやくページを開き、それを基に歌詞を仕上げた。近いうちに曲も付けてCDに録音し、贈ってくれるそうだ。

 悲しみは消えない。それでも、亡き人の記憶が人と人を結んでいく。(増井哲夫)

=おわり=

2015/1/10

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