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追悼のことばを述べる小河昌江さん=17日午後0時15分、神戸市中央区の兵庫県公館(撮影・峰大二郎)
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追悼のことばを述べる小河昌江さん=17日午後0時15分、神戸市中央区の兵庫県公館(撮影・峰大二郎)

 兵庫県などによる「ひょうご安全の日のつどい」の追悼式典は神戸市中央区の2会場で営まれた。

 県公館の式典には、天皇、皇后両陛下も出席。新成人が祭壇に「追悼の灯(あか)り」をともし、兵庫芸術文化センター管弦楽団の献奏で始まった。

 正午に全員で黙とうし、井戸敏三知事が「減災社会を実現することが被災地兵庫の責務だ」とあいさつ。母を亡くした小河昌江さん(51)=神戸市西区=が遺族を代表して追悼の言葉を述べた。

 「安全の日宣言」が読み上げられた後、参列者が献花台に白いカーネーションをささげた。(岡西篤志)

【遺族代表のことば】<小河昌江さん(51)>

 最後に母に会ったのは初詣でした。そこでひいたおみくじの凶の字に母は青ざめ、私は慌てて「そんなときはもう1回ひいたらええねんて」と出任せを言いました。2週間後の震災も母の死もおみくじのせいではない、頭では分かっています。でも20年たった今でも、私はおみくじをひくことができずにいます。

 あの日駆け付けたとき、母の住むアパートはがれきの山と化し、その光景に震え、立ち尽くすことしかできずにいました。そんな私を見かね、近くの工務店の寮生たちが余震の中を何度もがれきの下、深い暗闇へともぐり、はりの下敷きになった母を懸命に救出してくれました。「お母さん! お母さん!」呼んでも母は応えません。その場に漂う重い沈黙の意味に目を背け「病院に連れて行ってください」と懇願し、彼らは大渋滞の中、母を病院へと運んでくれました。

 その出来事を反すうするうち、私は最近、あの日は母だけでなく私自身も彼らに救われたのだと感じ始めました。病院到着後、私はやっと母の死を理解しました。しかしあのとき、がれきの中から母を救い出すことなく、また一筋の希望を持って病院に行くことがかなわなければ、私は何もできなかった自分を繰り返し責めたことでしょう。私が自責の念に押しつぶされることなくその後を歩んでこられたのは、彼らがあの状況の中、できうる限りのことを母に、そして私にしてくれたおかげだと思います。

 震災の光景は決して忘れないでしょう。しかし悪い状況にも温かい出会いはあり、私の心をいつまでも温めてくれます。決して忘れることのない記憶と寄り添いながらも、今日がまた無事に終わっていくことに感謝の念を持ち、また明日を迎えたい。そう思います。(要旨)

【県民のことば】

<幸島芽生さん・愛徳学園小5年>  

 父は神戸で被災し、家を失い近くの小学校で避難生活をしました。寒い冬を救ってくれたのが多くの人の温かさだったそうです。

 震災時の神戸の写真は、私が知る神戸とは全然違ったのでとても驚き、震災の恐ろしさを知りました。父は「当時を忘れてはいけない。今の神戸はたくさんの命の犠牲の代わりに生まれ変わった」と教えてくれました。

 神戸の街は、たくさんの温かい命の息吹によりよみがえることができたと思います。そこに生きていることに喜びを感じます。かけがえのない命、人のぬくもりの大切さを忘れません。(要旨)

<池田諒樹さん・神戸市立湊川中3年>

 「忘れてはいけない」。被災された人は口をそろえて言いますが「悲しいことなら忘れてしまえばいいのに」と思ったりもします。人は自然には勝てません。大切な人を失った人に「忘れてしまえばいい」とは言えないでしょう。亡くなった人は残された人の心で生き続けます。忘れることは、それを否定することでしょう。忘れないことで、大切な人との別れ、震災の恐ろしさと向き合っているのかもしれません。

 ならば僕たちも向き合うべきです。震災の恐ろしさを語りつがなければなりません。若い世代が風化させてはいけないのです。(要旨)

<吉岡麻衣さん・県立舞子高3年>

 私は阪神・淡路大震災を経験していない。そして今、高校で防災を学んでいる。母にあの日のことを尋ねると「本当は話したくない。でも伝えないと」と言い、20年たった今も心の傷は消えないと知った。胸が痛かった。

 母以外にも被災された方から話を聞くことがある。つらいことや悲しいことを思い出してしまうだろう。それでも話してくださるのは、あの日を忘れないで、教訓を伝えて、との思いがあるからだ。

 私はその思いをしっかり受け止め、震災を知らない世代に伝えていく。いつか来る大震災を乗り越え、大切な命をつなぐために。(要旨)

【追悼と誓いのことば】

<井戸敏三・兵庫県知事>

 私たちは創造的復興をめざし、県民一丸で努力を重ねてきました。その過程で先導的な取り組みや新たな制度も生まれました。一方、震災の記憶の風化が懸念され、課題も残されています。

 経験と教訓を未来へ伝え、減災社会を実現する。それこそ被災地兵庫の責務です。

 震災20年。私たちは新たなステージを迎えます。人口減少対策や東京一極集中の是正に対し、震災を乗り越えた力を再び結集しなければなりません。

 「1・17は忘れない」の言葉を心に刻み、安全安心なふるさと兵庫実現に全力で取り組むことを誓います。(要旨)

<梶谷忠修・兵庫県議会議長>

 あの未曽有の被害をもたらした阪神・淡路大震災から20年を迎えました。

 震災から学んだ教訓を忘れることなく、内外に広く発信し、後世に伝えることこそ震災を経験した私たちの責務です。また、今後の災害に備えて官民一体となった防災・減災対策を講じていかなければなりません。

 ここに、震災で犠牲となられた方の尊いみ霊に対し、心から哀悼の誠をささげますとともに、安全で安心な社会の実現に向け、さらなる努力を続けてまいりますことをお誓い申し上げます。(要旨)

<山谷えり子・防災担当相>

 阪神・淡路地域ではこの20年間、住民やボランティアの方々、地方公共団体などが一体となり、めざましい復興が図られました。皆さまのご尽力に心より敬意を表します。

 政府としては、今後も必要な取り組みを推進するとともに、近年、災害が大規模になり、頻発する中で、この震災の経験と教訓をしっかり継承し、国民の生命、財産、生活を守り、安心して暮らせる社会の実現に全力を挙げることを、固くお誓い申し上げます。

 阪神・淡路地域がより一層、安心で住みよい、魅力ある地域へと発展されることを切に願っております。(要旨)

2015/1/17

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