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学園リポート

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戦時中に経験したことを語ってくれた中村博政さん(中央右)
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戦時中に経験したことを語ってくれた中村博政さん(中央右)

 関西学院大ハンズオン・ラーニング(実践的な学習)センター(兵庫県西宮市)の主催で、2月12日から開かれた「社会探求実習」に私は参加した。同センターの木本浩一教授と学部や学年の枠を超えて集まった学生15人が6日間、広島県江田島市に滞在。平和についてのフィールドワークに取り組んだ。

 住民へのヒアリングの中で中村博政さん(81)は、自身が戦時中に経験したことを語ってくれた。1945年3月、中村さんが小学校2年生の頃に「呉軍港空襲」が始まった。呉に近い江田島上空でも軍用機が見られるようになり、学校から走って防空壕(ごう)に逃げ込むことも増えたそうだ。そして8月6日、広島市に原子爆弾が投下された。中村さんは、爆音とともに昇る黒い雲と、その中にうずまく赤い火の粉を見た。

 戦時中の記憶として中村さんは、海軍兵学校から出た残飯を食べていたことを振り返ったが、惨めだとは感じなかったという。食料を無駄にしないという戦時中の考えが、当時の人々を生かしていたからだろう。物があふれている現代でこそ、分け合う大切さを思い出し、助け合うべきなのかもしれない。

 戦後、中村さんは自衛官となり、42年間勤務。瀬戸内海の機雷処理を担った。終戦直後には日本近海に約2万個もの機雷が残っていたという。ほとんどの機雷が処理されたが、100パーセントではなく、今でも機雷の探知は続けられている。戦争はその時代だけではなく、未来の平和をも揺るがしてしまうことを忘れてはならない。(関西学院大国際学部1年・壷山千種)

2019/3/13

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